大判例

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名古屋高等裁判所 昭和55年(ラ)233号 決定

抗告人 下田秀男

準禁治産者 下田美代子

保佐人 下田安夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状記載のとおりである。よつて案ずるに、当裁判所も本件保佐人の解任及び選任の申立は、いずれも失当として却下すべきものと判断するものであるが、その理由は、左に付加するほか、原審判の理由説示のとおりであるからここにこれを引用する。

抗告人は、保佐人が準禁治産者名義の財産につき権利を主張している場合には、準禁治産者の基本財産の保全を眼目として保佐人の同意権を適切に行使することを期待している制度の趣旨からみても、その保佐人としての任務遂行上公正さを欠くに至る恐れがあること明らかであり、現に財産上の紛争を生じていなくともその蓋然性のある以上、当該保佐人は「保佐の任務に適しない事由がある」とき(民法第八四七条、第八四五条)に該当すると主張する。なるほど、準禁治産及び保佐人の制度の所論の如き趣旨からして、保佐人が準禁治産者の財産につき権利を主張する具体的事情の如何によつては、当該保佐人が保佐の任務に適しない事由がある場合に該当することがあるのは抗告人所論のとおりであるが、一件記録によると、準禁治産者下田美代子及び抗告人の兄である保佐人下田安夫は、美代子がその所有名義の土地を抗告人によつて侵害されたとして提起した土地明渡等請求訴訟(一審名古屋簡易裁判所昭和五四年(ハ)第五五号、二審名古屋地方裁判所昭和五五年(レ)第二九号事件)の証人として、右土地の取得経過等について抗告人摘示のような供述をしたものであるにすぎず、その内容が、美代子名義の土地について自己の権利を留保する趣旨であるとしても、直接美代子に対し権利を主張しているものでないことは、右訴訟の性質からもまた右証言自体において明らかにこれを否定していることからも明白である。しかして、抗告人の安夫が美代子に対し右の如き抗争的権利主張に出ない所以のものは、単に安夫にその意思がないからではなく、美代子の心神耗弱者たるの無知、無能と自己の保佐人たる地位に乗じて美代子の財産をもつて自由に自己の利を図ることが可能であるため争うことを要しないのにすぎないとの主張については、右安夫の証言その他一件記録によるも、抗告人の主観的判断の域をこえてこれを適確に認めるに足る資料は存しない。

その他、一件記録を精査し、抗告人所論の諸点を参酌しても、安夫について美代子の保佐人として、その任務に適しない事由その他の解任事由を発見することはできない。

そうすると、抗告人の本件各申立を却下した原決定は相当で、本件抗告は理由がないから棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 加藤義則 上本公康)

抗告状

抗告の趣旨

原審判はこれを取消す。

準禁治産者下田美代子の保佐人下田安夫を解任し、新たに保佐人を選任する。

との裁判あるいは

原審判はこれを取消し、本件を名古屋家庭裁判所に差し戻す。

との裁判を求める。

抗告の理由

一 抗告人は準禁治産者下田美代子(以下美代子という)の兄であり、前記保佐人解任並びに選任申立事件により美代子の現保佐人である下田安夫(以下安夫という)の解任と新保佐人の選任の審判の申立をなしたが、名古屋家庭裁判所は右申立を却下する審判をなした。

二 抗告人の前記審判申立の理由は、右申立書の申立の原因に記載したとおりである。これに対し、原審判は安夫が昭和簡易裁判所における抗告人と美代子との間の訴訟において証人として抗告人主張の如き証言をなしたことを認めながら、同時に同人は美代子と前記土地について所有権を争う意図等全く有していないと述べていること並びに美代子は両親死亡後今日まで安夫に扶養され、安夫方において落着いて暮していることを理由に結局安夫にはその保佐人としての任務に適しない事由があるとは認められないとして申立を却下したものである。

しかしながら、右審判には以下述べるように重大な事実誤認あるいは法の解釈適用の誤まりがあり取消を免れない。

三 法の解釈及び判例

1 民法第八四七条は同法第八四五条を準用している結果、保佐人に不正な行為、著しい不行跡その他保佐の任務に適しない事由があるときは家庭裁判所は保佐人を解任することができる。

保佐の任務に適しない事由があるとは保佐の任務遂行上公正さを欠くに至るおそれがある状態をいう。このことは通説、判例によつても認められている。つまり、保佐の任務に適しないとは必らずしも保佐人が現実に準禁治産者の財産を横領したり、現実に準禁治産者と財産上のトラブルを起こしていることを要せず、そのような状態になる蓋然性が認められる場合には保佐の任務に適しないということができるのである。従つて保佐人と準禁治産者の関係が一見円満であつたとしても、そのことをもつて保佐の任務遂行上公正さを欠く恐れがないということはできない。

2 本件と類似する判例としては大審院大正一四年四月八日判決がある。右判決は「後見人が被後見人ノ所有不動産ヲ自己ノ所有財産ナリト主張スルガ如キハ民法九〇八条第八号に所謂不正の行ト云フヲ得べク・・・・・・」として後見人の解任を認めている。後見人は被後見人の財産の管理処分権を与えられそれを被後見人の利益となるよう行使すべき義務があるのであるから、被後見人の所有不動産につき自己の権利を主張する者を後見人としておいては財産の管理処分に公正を欠くおそれが強いと考えられるので前記判例は妥当である。

又、前記判例は旧民法当時のものでしかも後見人に関する事案ではあるが、現行法の保佐人の解任事由を考えるうえでも参考にすべきことはいうまでもない。

3 準禁治産制度の主目的は準禁治産者の基本財産の保全であり、その手段は同意権と取消権である。従つて保佐人は準禁治産者の基本財産を保全するため同意権を適切に行使すべきことが制度として予定され期待されている。ところで保佐人と準禁治産者の間に準禁治産者の基本財産をめぐつて権利関係につき争いがある場合にはその基本財産に関して保佐人に適切な同意権の行使を期待することは困難であり、保佐の任務遂行上公正さを欠くに至るおそれがあるといえる。従つて、このような場合家庭裁判所は保佐人を解任して準禁治産者の基本財産の保全に遺漏のないようにしなければならない。

「能力不足の準禁治産者の基本財産を保全するためには、助成者が必要である。だが同時に、その財産は助成者からも守られねばならない」のである(注釈民法第一巻二二一頁)。

4 又保佐人は必らずしも準禁治産者を扶養するに適切な者である必要はない。保佐人には後見人の禁治産者の療養看護義務に関する民法第八五八条は準用されておらず、多くの場合準禁治産者は日常生活は自から支障なく営なむことができるからである。

四 原審の判断について

1 原審は本申立を却下する一つの理由として「安夫は同じ証言中で美代子と前記土地について所有権を争う意図等全く有していないと述べ」ていることをあげている。しかしながら安夫がそう述べたからという理由だけで、同人が所有権を争う意図を有しないと認定することは経験則に反すること明らかであるし、同人はその証言中において繰り返し前記土地は自分の所有物であり、登記簿上美代子名義にしてあるだけであると述べており、更に右土地を処分すれば自分の土地であるからその代金の取分は当然にあると述べていることなどからすれば、安夫が美代子の保佐人としての立場を濫用して美代子の資産を自己のものにしようとしていることは明白であると言わざるをえない。安夫が美代子と土地の所有権を争う意図を有しないというのは、仮にそれが真実であつたとしても美代子には土地所有権という法概念を理解する能力はなく、まして本件土地の適正な価格(時価数千万円)を判断することは不可能であるから、安夫が現状のまま美代子の保佐人であれば美代子の右のような状態を利用して美代子となんら争うことなく自由に自己の利益を図りうるからであると容易に推測することができる。仮に新保佐人が選定され美代子を公正に保佐したとすれば、安夫が前記土地の所有権を主張し売却代金につき取分を要求した場合、美代子あるいは新保佐人と安夫との間で前記土地の所有権をめぐる争いが起ることは必定である。従つて現在のところ安夫と美代子との間に前記土地の所有権をめぐる争いが起きないのは一にかかつて美代子が心神耗弱者であり安夫がその保佐人であるからである。

以上のとおり、安夫がその証言中で美代子と土地所有権を争う意図を有していないと述べたことが、安夫が美代子の保佐人として適任でないということを否定する理由にはならないことは明白である。

2 原審は又美代子が両親死亡後今日まで安夫に扶養され同人方で落着いて暮していることを安夫の審問のみによつて認定し、それを本申立却下の理由の一つにしているようであるがこれは二つの意味において不当である。

第一に本件は安夫の保佐人としての適任性が問題となつている事案であるから、安夫が美代子を如何に扶養しているかを認定するのに安夫の審問の結果のみにて判断することは採証方法として妥当性を欠くといわねばならない。家庭裁判所調査官による調査その他の方法による十分な証拠に基づいて判断すべきである。

第二に仮に美代子が安夫方において落着いて暮しているとしてもそのことは安夫が保佐人として適任であることの根拠には全くならない。何故ならば、扶養方法の適不適と保佐人としての適任性が全く無関係なことは先に述べたとおりであるし、まして本件においては安夫と美代子との間の前記土地所有権をめぐる争いは美代子の心神耗弱の故に表面化せず潜在化しているからである。

3 更に原審は「保佐人は準禁治産者の民法第一二条一項所定の法律行為について同意を与える権限を有するに過ぎない者であるから、既に認定した事実があるからといつて・・・・・・・・・直ちに任務に適しない事由があるとも認められない。」としている。その趣旨は必らずしも明白ではないが、保佐人は後見人と異なり権限が限定されているから多少その適任性に疑いを生ぜしめるような事実があつてもそれが重大なものでなければ解任理由にはならないという趣旨であるとすればそれは保佐人の解任制度を曲解しているものといわねばならない。民法第八四七条第一項は後見人の選任、解任あるいは欠格事由に関する同法第八四〇条及至第八四六条をそのまま準用しており、保佐人としての適任性を後見人における適任性より緩和して考えることはできないからである。

又、原審の前記判断の趣旨が安夫が美代子の資産につき所有権を主張したからといつて安夫の保佐人としての任務に適しないとは言えないという趣旨であるとすれば、それは保佐人解任制度の趣旨及び前記判例の趣旨に反することは勿論、本件の問題点を全く見失つた判断と言わざるをえない。美代子の資産は現在は殆んど前記土地だけであり、これが保全を図ることは美代子の保佐人の最重要任務である。

それにもかかわらず安夫はその美代子の資産につき所有権を主張し売却代金から自己の取分を得ようとしているのであるから安夫が美代子の保佐人として適しないことは火を見るよりも明らかである。

4 以上原審は採証方法を誤まり事実誤認に陥いり本件の問題点を全く見失つているとともに、保佐人解任制度の趣旨を曲解し誤つた結論に至つたものといわざるをえない。

五 解任事由の追加

1 美代子はかつて東海銀行○○支店に昭和四六年一二月二三日満期の定期預金二口額面合計約金二八〇万円を有していた。

2 右定期預金の解約並びに解約した現金の使途につき安夫には不明朗な点が多い。

3 右につき具体的な事実関係は後に主張立証する。

六 解任事由に関する若干の事情

1 抗告人と美代子との訴訟(現在控訴審が名古屋地方裁判所に係属中)は事質的には抗告人と安夫との間の争訴である。右訴訟は安夫が美代子名義の土地を第三者に処分し、その売却代金から自己の取分を得るために提起されたという一面があり、抗告人が美代子名義の土地の一部の明け渡しを拒否する動機の一つは安夫の右計画の実現を防止することにもある。

2 抗告人は名古屋家庭裁判所昭和五三年家イ第五五七号をもつて美代子の扶養順序確定の調停の申立を安夫に対しなし、右調停においては前記土地を処分しその処分代金を信託あるいは預託し、その元本から生ずる利子にて美代子の扶養をしていこうという趣旨の話合いがなされたが、最終的には安夫が右元本を固定化して確保しておくことにつき承知せず、調停が不調となつたことがある。

七 結論

1 以上のとおり、現状のままでは美代子の唯一の資産が遠からず保佐人安夫によつて侵害されるに至ることは必至であり、安夫が美代子の保佐人としてその任に適しないことは明らかである。

2 抗告人は安夫を解任して自から美代子の保佐人に就任しようとしているのではない。抗告人としては真に美代子の利益を考え美代子の資産の保全を図ろうとする者が保佐人となることを切に願うものである。

よつて本抗告を提起する次第である。

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